今代表の練習試合、マルタ戦のハーフタイムです。 京都の補強の発表はもう少しかな。じゃもう一本。 僧 「いつもこの時期は(修行僧の)修行が身に入らなくてこまります」 高僧「それはどういったものなのか?」 僧 「4年に一回、二つの国がボールを取り合って戦争をするのです」 高僧「それには暴力はあるのか」 僧 「一部ございます」 高僧「セックスは?」 僧 「皆無です」 高僧「うーむ。それでその戦争の勝者は何を得るのか?」 僧 「(手でお椀のような形を作って)カップ(杯)です」 高僧「カップ…カップ??」 高僧「ところでそなたは、何故それほど知ってる」 僧 「…(にやり)」←つまりこの人もW杯が大好き(笑) 前々回の「リトルストライカー」が英国クラブサッカー文化の中に生活をする少年の話、 前回の「勝利への脱出」はアメリカが作った男達の団結と小気味いい戦いの話、 そしてこれは… W杯は真夜中、遠い異国の地で行われる天上の世界のお祭り。 遠い遠いはるか彼方での、華やかな常人離れしたスターたちを見たい。 そんなW杯から遠い遠い、辺境の地域でのお話。 たぶん日本のファンにとってもそんな時代があったはず。 (もちろん、彼らと境遇は雲泥の差ですが。。) 本物の有名な現地の高僧がメガホンをとって作った、初のブータン製長編映画。 彼はベルトリッチ監督の「リトルブッダ」にもアドバイザーとして参加しています。 役者の本物の僧で、ロケも寺。 98年フランスW杯の懐かしい映像が見られます。 もちろん彼らの見たまま、ボロボロの古いテレビの汚い映像を通して(笑)。 映画としての作りは、少し間の取り方等編集に難がありますが、 少年僧たちのアホっぽいまでのサッカーファンぶりに乗せられて最後まで見てしまう。 本当は、故郷チベットへの想い、中国への政治的な批判、 そして仏教の教えも根底にある映画なんですが。 (その意味で”ブータン映画”というより”チベット亡命者映画”なんですけどね) 昔の我々も近かったはず。 まだ当事者でなく。純粋な憧れとか、お祭りの興奮とか。 最後のクレジット。 「主人公の彼は今、チベットナショナルチームを夢みている」 たぶんテーマの一つはそこだったんだと思います。 北インド、俗世から隔離されているはずの仏教寺院。 なのにW杯をテレビでみたくてたまらない少年僧たちの物語。 すべて実話です。 おっ、マルタ戦後半戦始まった。そんじゃ…
W杯観戦用の大型テレビが到着しました。接続しなきゃ。 サッカーを大型画面で見る喜びといえば、 このペレのバイシクルシュート、 当時劇場の大スクリーン一杯に見れた幸運な一人です。 (小さかったので筋なんて覚えてなかったですが。。その後の興奮は覚えてます。 サッカーなんて女の子の砂場を荒らすスポーツの印象だったのに) その強烈なインパクトは、今も心に残ってます。 前日のイギリス映画「リトルストライカー」の日常の美しさと違い、 こちらは戦時中の捕虜収容所という 非日常での、しかもサッカー不毛のアメリカ、ハリウッド映画。 (もちろんハリウッドでも、野球だと「フィールド オブ ドリームス」のように、 地域スポーツ文化に根ざしたしっとりした映画もあります) 監督はアメリカ的な男臭い娯楽映画の名人、ジョン・ヒューストン。 「マルタの鷹」や「女と男の名誉」を撮った人です。 ドライで粋な男達、仲間、勧善懲悪、民衆の力の勝利… サッカーとアメリカハリウッドが組み合わされるとこうなるんだなあ(笑)。 国籍、民族を超えた仲間を演出するには、 サッカーを使うよりなかったんでしょう。 筋はとにかく痛快。 去年、久しぶりにまたこれをテレビで観る機会があったんですが、 (多少今より技術が劣っていること、試合の流れの演出もイマイチなんですが) 今もなお、ドイツ兵チームのファールまがいのタックルを、 凄まじくドリブルで突破するペレは、魅力的でした。 各国の連合国軍の捕虜たちは、世界のサッカー代表、元代表が演じています。 (中には見たような名前も) とにかく、イラン人捕虜たちと交流するために無理やりアメフトをやらせる、 現代のアメリカ人には別の意味でみて欲しい(笑)。 そして、次このような企画モノをするなら、 是非、この映画のように連合国軍vsドイツだけでなく、 日本イタリア、スペインを加えた、同盟国で見てみたい。 その戦いなら戦えなくはないんじゃない?我が軍は(日本が足を引っ張るか…) |
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